はじまりのおはなし

















とりあえず、落ち着いて話をしようと女の子が言うので、船の中に入ることになった。案内されたのはキッチンで、椅子に座るよう促された。

「こちらへどうぞ、レディ」
「あ、ありがとう」

金糸をさらりと揺らして、スーツをきちりと着こんだ男性が椅子を引く。小さく笑ってお礼を言うと、メロリ〜ン!と効果音が付きそうな程、蕩けた笑顔でくねくね踊りだす。

「ああ!なんて天使のような笑顔なんだァー!」
「はいはい、サンジくん、いいから飲み物持ってきて貰ってもいい?」
「喜んで!」

キッチンの方にめろめろ〜んとハリケーンの如く向かうと、人数分のグラスを取り出して作業を始めた。
女の子がその様子を見て、ひとつため息を吐くと、わたしの目の前に座って、また口を開いた。

「あ、そういえば、名前は何て言うの?」
だよ」
、ね。私はナミ。この船では航海士をやってるわ」
「航海士?」

聞きなれない単語に首を傾げると、ナミと名乗った女の子は眉根を寄せた。

「航海士って単語も聞き覚えが無いのね」

ここでは普通の単語らしいが、聞き覚えも何も初耳だ。頷いてみせると、ナミは少し考えた後、言った。

「あなたのこと、質問させてね。何を聞いても、出来るだけ丁寧に説明してくれると有難いわ。分からないなら分からないって言ってくれていいから。あと、気になる単語が出てきても、後で説明するからとりあえず答えてくれる?」
「ん、わかった」
「じゃあ、ニホンってどこにある国?」
「どこか、って言われたら東アジアの東方にある列島としか・・・」
「それはグランドラインにあるのかしら?」
「グランドライン、なんて聞いたこともないわ」

ナミはわたしがそう答えるのを予想していたように頷いて、次の質問を浴びせた。

「海賊、は知ってるみたいだけど、在るかどうかわからないって言っていわね、それはどういう意味?」
「どういう意味、って言われても・・あの言葉の通りよ。海賊って、おとぎ話でしょう?そりゃあ随分昔には存在してたみたいだけど、わたしは本やテレビなんかでしか見たことないわ」
「そこよ!」

バンッ!とテーブルを叩いて身を乗り出す。
目を丸くさせると、ナミは額に手を当てた。

「今は大海賊時代よ? それなのに、海賊を在るかどうかわからないっておかしな話じゃない?それにテレビってなんなの?」
「お、おかしくなんかないわ!人を馬鹿にするのもいい加減にしてよ、テレビも知らないなんて・・・!
大体、日本を知らないなんて、日本語を喋ってるじゃない!」
「日本語?」
「日本は工業国として有名だし、知らない方がおかしいわ!日本を知らないなんて発展途上国でも滅多にないのに!これでアメリカも知らないなんて言ったら笑うわ!」
「おい、ちょっと落ちつけよ」

隣に座っている派手な緑の紙の色をガシガシと掻いている男のひとが、いまにも立ち上がりそうなわたしを片手で制して宥める。「ナミ、テメェもだ」そういうと、ナミは、ごめん、と一言謝って椅子に座りなおした。

「で、お前は、悪魔の実の能力者か何かか?」
「悪魔の実?」
「それも知らねえのか。まあ、能力者でもなくて、グランドラインの真ん中でグランドラインも知らねえってんじゃよっぽどの箱入り娘かなんかじゃねーの?」

駄目だ、話が堂々巡りしてる。わたしも知らないときたら彼らも知らないときた。

「もうこんなの夢としか思えないよ。そうじゃなかったらわたしはファンタジックな世界に来てしまったんだ。気付いたら右も左も見たこと無いものばっかり。人の腕は伸びるし、おかしいもん。夢だ。こんなの、夢、だ、」
「じゃあ寝て起きてみなさいよ。嫌でも現実だって分かるわ」

ナミもお手上げだ、という風に−−実際に両手を上げて−−大きくため息を吐きだしてから、ハッとした風にこちらを見た。わたしといえば、もうなんにも答える気力もなくて、ずるずるとおしりをずらして背中を丸くした。

「もしかして、本当に、本当かもしれないわよ?」
「夢が? そうでしょうね。これ夢だもん」
「違うわよ!ファンタジックな世界ってことが!あんたが世界を超えたってこと!そう考えた方がよっぽどここじゃ納得出来るわ」
「なにその超展開。SFのベタな映画でもそんな展開無いわよ。ああ、でも、わたしも納得出来るわ、その方が。もう考えるの面倒だしそれでいいんだけど」
「そうすればあんたが怒るのも、お互いが理解出来ないことが多いのも納得できない? 私たちの話が食い違ってることとか特に」

「−−−−面倒くせェな、お前ら」

ナミの隣に座ってる、麦わら帽子の男の子はむすっと両腕を組んで、こちらを見据えている。

「別の世界ってことはお前は不思議人間なんだろ? だからおれたちの仲間になればいいんだ!」
「あんたが出てくると話がややこしいのよ!」
「だってそうだろ!おれたちはニホンがどこにあるかも知らねえし、帰り道もわかんねェんだぞ!じゃあ、当然帰る場所も無ェんだろ?じゃあもうここに居るしか無ェだろ!だから仲間になれ!いきなりここに来たんだからもしかしたらいきなり帰れるかもしれねぇだろ!それが出来ないんだったらおれたちで帰り道探してやりゃあいいんだ!」
「おれはルフィに賛成、だな」

カラン、と涼しげな音を立ててコースターとグラスがテーブルの上に並んでいく。「アイスティーです、」ニコリと描かれた唇には、煙草が燻っていて、ふうわりと煙が辺りに広がった。

「どっちにしろ、話が纏まらないんだったら、それしか道は無いと思うけど。どこかの街で下ろしたって、他の人間が同じように話聞いてくれるとは思わないし、説明するのも難しいと思うよ。それにルフィが彼女をここに連れて来たんだったら、コイツはその責任を取らなきゃなんねェ」
「ハア、これ以上考えても無駄ってことね・・・で、どうするの、あんた」

汗のかいたグラスをストローで啜りながらナミはわたしに問う。どうもこうも、右も左もわからない状態で、見知らぬ街に置き去りにされるよりはこの船に身を置く方が利口かもしれない。それに、夢ならいつかは覚めるだろうし、彼女たちの言うように、もしここが別の世界なら、なるようになるしかない。

「−−これから、よろしく、お願い、します」

ぺこりと頭を下げると、ようやく麦わら帽子の男の子はにししし!と笑って、「仲間だー!!!」と叫んだ。















事実は小説より奇なり