優しい指





視界がぐらぐら揺れていて、気持ちが悪い。
息をするたびに痛みを伴い肺が収縮していて、身体の底から咳込む。やわらかい布団に抱きつきながら背中を丸めて耐えていると、大きな手に背中を撫ぜられ、驚いて飛び起きた。

「−−−−−」

理解し難い言語を紡ぐその人はわたしにとっては未知の物で、とても恐ろしい。ベッドから転げ落ちるように抜け出して、距離を取った。
その人は困った顔をして、両手を上げた。何もしないということだろうか、わたしは酷く困惑した。腕を身体に回すと、ピン、と一瞬何かに引っ張られ、それは私から離れる。目をやると、それは点滴らしく、床の上で針から液体が漏れだしていた。無理に引っ張ってしまったのでわたしの腕からは赤い血がぷっくり球を作り出してから流れ、わたしの物でない白いシャツを簡単に汚してしまった。腕を押さえると、その人はベッドサイドに置いてあった洗面器でタオルを絞って、ポーンとわたしに投げた。難なく受け止めると、それで拭けとでも言うようにタオルを指さしてから自分の腕を擦る真似をした。
同じようにタオルを腕に当ててからその人を見ると、その人が頷いたので、正解なんだと安心した。タオルで血を拭っていると、その人は椅子に座ってこっちに来いと手招きをした。もたもた迷ったが、他にどうしようもなかったので、結局はその人の言う通りにした。

目の前まで来ると、その人は座れとでも言いたげにベッドに手を伏せた。言っていることが分からないので、直感で動くしかない。わたしはベッドの端にちょこんと座ってその人を見上げた。その人が目尻を下げて笑ったので、ほっとした。
その人はわたしの腕をそっと持ち上げると、ガーゼとテープで処置して、傷口を圧迫した。

徐にそのひとはわたしの顔をじっと見ながら、自分の胸を親指でトントンと指して「あ・い・す・ばー・ぐ」とひとつひとつゆっくりと音を紡いだ。意図がわからず、首を傾げると、もう一度、同じことを言った。あいすばーぐ、アイスバーグ。それは名前だろうか?
反復すると、頷いて、次はわたしを指す。わたしの名前は−−

「・・・
?」

ひとつ頷くと、その人、アイスバーグはニッコリ笑ってわたしの頭を大きなその手で撫でまわした。そして、わたしの脇へと手を伸ばし、持ち上げて、またベッドへと押し込む。 顔を上げると、布団を丁寧に掛けられ、また頭を撫でられた。寝ろと言いたいのだろうか。緊張したが、アイスバーグの手はとても暖かくて、安心する。段々、瞼が重くなったが、堕ちる寸前で何度も目が開いてしまう。アイスバーグはくすくすと笑ってから、ベッドに頬杖を付いて、穏やかな目でこちらを見る。気恥かしくなって、少しだけ布団を持ちあげて隠れると、次はお腹の辺りを一定のリズムでぽんぽんと叩いた。
しばらくするとまた、瞼が重くなるが、今度は完全に瞼が落ちた。



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