優しい指(2)







一週間もすれば熱は下がり、医者であろう白衣を着たおじいさんにあちこち診察され、アイスバーグと一言二言交わした後、部屋を出て行ってからはそれっきり顔を合わせることもなくなった。

アイスバーグは日中は外に出てることが多く、その間わたしは、最初こそは部屋の中をうろうろしたりしていたが、如何せん体力が無くて直ぐにバテてしまう。一度、部屋の中でへばっていたのをアイスバーグに見つかってからは極力ベッドの中で過ごしている。アイスバーグは朝に出て行っても、必ず昼頃には一度戻ってきて、わたしと食事を共にした。だが、ここでもうひとつ問題が生じた。ずっと食べ物を口にしていなかったので、わたしの体が少量ずつしか食べ物を受け付けない、そういうことだ。
お腹が空かないというわけではなく、最初は、アイスバーグが持ってきてくれたお粥でも、二口くらいですぐにお腹がいっぱいと感じてそれ以上は口に出来なかった。スプーンに乗っかったままのお粥をじっと見ているだけのわたしを見ても、アイスバーグは特に何も言わなかったし、急かすこともしなかった。食べなければ体力が付かないということも理解していたし、無理に流し込んだこともあったが、結局は全て吐いてしまった。その時にアイスバーグが偉く心配した素振りを見せたので無理することは止めた。

しかし、それはある日一転した。
アイスバーグがいつも通りお昼に帰ってきた時である。机の上でごそごそやってから、アイスバーグはわたしの目の前まできて、わたしにスプーンを差し出した。所謂「あーん」というやつだった。唇にスプーンが触れたので口を開けてそれを含むと、冷たいミルクとさっぱりしたオレンジの味が口の中で広がって溶けた。アイスとは少し違う。シャーベットだった。とても食べやすくて、美味しい。アイスバーグは手のひらの中のカップからまた一匙掬い、差し出すのをわたしは食べたが、不思議といつもの満腹感が訪れず、なんとカップ丸々一つを完食していた。きょとんと目を丸めていると、アイスバーグは嬉しそうな顔をしてわたしの頭を撫でてくれた。くすぐったくてくすくす笑うと、抱きあげられてぎゅう、と抱きすくめられた。
アイスバーグはとてもやさしい。言葉の通じない、怪しく見知らぬわたしを介抱して、衣食住まで与えてくれて。わたしは彼の耳元で「ありがとう、アイスバーグ」と囁き、感謝の気持ちを込めてハグを返した。

その日の夕食。昼間の件もあって、わたしは意気込みながらご飯を食べようと思ったが、やはり、二口目にはもう食べられなくなっていて、食べるでもなくひたすらスプーンをカチャカチャやりながらお粥を混ぜていた。
それに気付いたアイスバーグが暫くこちらをじっと見たあとでわたしからスプーンを取り上げていた。わたしは行儀が悪いと怒られるかと思ったが、そうではなく、アイスバーグは、昼間と同じようにお粥を掬ってわたしの唇にスプーンを持って来たのだ。 まるで刷り込まれた雛のように反射的に口を開けてもぐもぐしていると、それはすんなりと胃袋に流れていった。ひとくち飲み込むごとにまたスプーンを掬う仕草は、流れるようで、だけど作業的ではない。時折、わたしの顔を覗き込んで、顔色を窺っていたが、わたしがにっこり笑うとホッとしたような顔でまた繰り返す。

この日は、器に盛り付けられたお粥が全部食べれて、わたしもアイスバーグもずっとニコニコしていた。



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